2007年、伊藤熹朔賞新人賞を受賞したことをきっかけに、
その年の審査員でもあった舞台衣装家の先生のもとで、
アシスタントとして学ばせていただく機会をいただいた。
翌年には兵庫県芸術奨励賞も受賞。
私にとって、大きな転機となる時期だった。
先生のデザイン画集は以前から何度も見返していた。
紙の上に描かれた人物が、今にもセリフを話し始めそうなほど躍動感にあふれていた。
ファッションのデザイン画と、舞台衣装のデザイン画はまったく違う。
目的が違うのだから、違っていて当然だ。
舞台衣装のデザイン画には、その人物の人生や物語まで描かれていた。
上京し、先生のもとで、日本を代表する劇団やバレエ団の現場に同行せていただいた。
誰もが知る作品。
誰もが知る俳優。
憧れていた世界だった。
でも、その世界は、私が想像していたより、はるかに厳しかった。
私は何度も失敗した。
先生が求める判断ができない。
現場で求められるスピードについていけない。
「気づいていたのに言えなかった。」
そんな小さな判断の遅れが、多くの人の時間を止めてしまうこともあった。
舞台は、一人では創れない。
だからこそ、一人の判断が、全体に影響する。
その重さを、私は身をもって知った。
通し稽古でも失敗を重ねた。
何度も叱られた。
逃げ出したいと思った日も、一度や二度ではなかった。
それでも、幕が開くまでは。
その一心で劇場へ通い続けた。
あの頃の私は、自分の未熟さばかりを見ていた。
でも今振り返ると、本当に見せてもらっていたのは、一流の現場だった。
一流の舞台は、一人の才能で生まれるものではない。
演出家
俳優
照明
衣装
音響
舞台監督
制作
それぞれが自分の役割を理解し、周りを見渡し、次に何が必要かを考えながら動いている。
その積み重ねがあって、ようやく一つの舞台が完成する。
華やかな舞台の裏側には、数えきれないほどの支えがあった。
私はその景色を、この目で見ることができた。
関西へ帰ろう。
そして、もう一度、一から積み重ねよう。
そう思えたのは、自分に才能がなかったからではない。
本物を知ったからだった。
この経験が、私に「一流とは、作品だけではなく、その舞台を支えるすべての人たちの積み重ねによって生まれるもの」だということを教えてくれた。
